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向世界开放的大田,梦想成真的市民,韩国新中心城市

大田紹介

現在の大田地方は、石器時代の先史人の生活を受け継いできた由緒ある場所で、百済時代には雨述郡、新羅時代には比豊郡、高麗時代には主に懐徳県・儒城県・徳津県・鎮岑県に属した地域で、軍事的な要衝の地だった。朝鮮時代には公州牧下の懐徳県・鎮岑県として大きな変動なしに続いてきたが、高宗32年(1895)に地方行政制度の改編があり、公州郡に属した一部地域を除き、大部分の地域は懐徳郡・鎮岑郡に所属していた。
その後、1914年3月1日に懐徳郡・鎮岑郡の全地域と公州郡の一部地域を合わせ大田郡が新設され、従来の懐徳郡地域である現在の仁洞、元洞、中洞、貞洞、三省洞を中心に大田面が新設され、この地域が現在の大田広域市の母体となった。
1931年には大田面から大田邑に昇格し、翌年の1932年には忠清南道庁が公州から移転されながら都市化が急速に進んだ。都市の発展により、1935年には大田邑から大田府に昇格した。1949年8月15日に大田市となり、1989年1月1日に大徳郡全域を編入しながら大田直轄市となった。1995年1月1日に大田広域市に名称が変更された。